2009年04月

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今週は忙しくて、短めです。

Google検索問題は、その後、集英社、祥伝社、新書館、朝日新聞社、日本経済新聞社、ハヤカワ書房、太田出版など続々と御連絡・御指導いただきました。ありがとうございます。

今度書く小説の取材で、韓国済州島と中国青島に行ってきた。済州島の世界遺産「済州石文化公園」については、朝日新聞のコラム[http://doraku.asahi.com/info/doraku/kiwameru.html どらく]に書いているのでご笑覧ください。

一方中国は、日・中・仏・米合作映画『始皇帝暗殺』(1998年公開)の試写会が中国の国会に当たる「中国人民大会堂」で行われ、それに出席したとき以来なので、もう十年になる。余談だが、その試写会には女優の鈴木保奈美さんが同行しており、成田空港で皆と“お疲れ様”と別れた翌日、おめでた婚が発表になったのでとても驚いたものだ。

で、10年ぶりの中国は、素晴らしく発展していてもうびっくり。日本も東京オリンピックで高速道路や新幹線が整備され、近代国家の体裁が整ったのだが、オリンピックおそるべし。

高速道路は日本やヨーロッパを走っているのと錯覚するほど。サービスエリアもイタリアのアウトグリルと見まごうばかり。が、売っているものはだいぶ違う。同行のマネージャーが木の根を彫った仏像を買おうとしたが、重量20KGと聞いて断念した。

かわりに買ったのが竹製のワニ。これがとてもよくできていて、尻尾の先までフニャフニャと柔らかく動く。お値段10元なり。同行者で都合4体お買い上げ。

山東省レポートはいずれまた。

写真説明
表紙 竹製ワニ
写真1  autogrill イタリア
写真2  中国 サービスエリア
写真3  仏像
写真4  中国の高速道路
写真5  青島シャングリラホテルの朝食バイキング
写真6  かつてこれほど豪華な朝食を食べたことがない。値段は部屋代に含まれる。

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日本の作家はいま、降って湧いたような大事件に右往左往している。グーグルによる著書の無断データベース化問題だ。有名な検索エンジンを開発したグーグルが、既存書籍のデータベース化をめざし、あっという間に700万冊だかの本を全文検索可能にしてしまった。これに異を唱えたアメリカの作家組合と有力出版社が提訴した。グーグル側は、「あれはフェアーユース(公共的で公正な使用)だから無断でもよい」と主張したとのことだが、裁判で和解が成立、これまで使用した本に対しては、一冊60ドルなどの使用料が支払われることになった。でも、あれはアメリカの話だ、と思っていたわれわれ日本の作家は、ある日、驚いた。裁判は「クラス・アクション〔集団訴訟〕」に認定されたことと、ベルヌ条約が適用されるので、グーグルがデジタル化した本に対しては、外国人でもこの和解が適用されるというのだ。

「えー!! いつの間にそんなすごいことになっていたの?」と、日本の作家も出版社も驚いた。知らぬ間で裁判の和解の関係者になっていたのだ。じつは、アラマタは数年前に、同様の経験をしていた。あの世界的オークションハウスS社とC社の2社が、手数料の件でオークション落札者たちから集団訴訟を起こされ、裁判の結果、手数料の一部が返金されるという出来事が起きた。当時、何度か落札して、手数料を支払っていたアラマタのところに、ある日、アメリカから見覚えのない保険の契約書みたいなものものしい書類が送られてきた。非常に分かりにくい専門用語だらけの英語が長々と綴られていて、なんでも、あなたは集団訴訟の原告グループの一員と認められたから、手数料返金を請求するアクションを何時までにおこしてほしい。期限がきたら、請求権はなくなる。といったことが書いてあった。怖くなったが、被告側でなく原告側だとわかったので、体験のために英語の文書を作成し、期限までに送付してみた。そうしたら、一年近くたって、ちゃんと小切手が送られてきたではないか!

いや、アメリカはすごいもんだと思っていたら、ほぼ同じような出来事がまたも発生した。こんどは、オークションの手数料どころでなく、著作権が守れるかどうかの大問題にかかわってくる。この和解自体は昨年の末に成立したのに、今頃大騒ぎが始まったとは。  

アラマタは取り急ぎ、グーグルブック検索を試してみた。そうしたら、おどろいたことに、アメリカで知らぬ間にデジタル化された自著があったのだ。この検索のとき、非常におもしろかったのは、英語の本に引用されたアラマタの文章が発見できたことだった。へー、英語圏の本に自分の文章が英語で引用されているのか、と感心し、結局、検索で出た引用箇所を全部見てしまった。初めて、自分に対する外国人の評価やコメントが読めた。

次に「googleブック検索和解サイト」で、自著が登録、デジタル化されているか検索してみた。「荒俣宏」で検索すると176冊がリストアップされており、そのうち14冊がすでにデジタル化済みであった。

じつは、もうひとつ、おもしろかったことがある。日本人の対応だ。ほとんどの出版社が作家に連絡してきたのは、4月からだ。思えば、この問題が深刻であることをアラマタが直接会話として話したのは、3月初旬。神奈川近代文学館館長の紀田順一郎先生にお目にかかったときだった。ちょうど、友人の山下武さんの出版記念パーティーに同席した際、「グーグルで著書がデジタル化されてない?」と尋ねられたのだ。そのあと、ほどなくして講談社から第一報が届いた。事態の説明と、この問題の処理は作家各自で行ってください、という内容だった。講談社がいちはやく知らせてくれたのはすばらしいが、多くの作家は「対応は各自で」というのでは、さぞや困惑したことだろう。「権利者の選択肢」とか、「申し立てのスケジュール」などといわれても、具体的にどう対処したらよいのか見当がつかないのだ。新潮社からも知らせが来たが、ご依頼あればお手伝いします、という内容だった。そのあと、文藝春秋社から来た文書が実によくできていて、グーグルという会社の説明に始まり、懇切丁寧、しかも、日本の出版社には直接何の権利もないので、この和解に介入することができず、したがって作家個々が対応するしかないのだが、日本では作品の二次利用に関して出版社がいろいろ代行なども行っている事実があるので、ご依頼いただければ一緒に考えましょう、という書きっぷりだった。分かりやすいし、親切だった。一番心配なのは『帝都物語』だったので、メインパブリッシャーであるKカワ書店担当に問い合わせたが、お調べしましょうか、とあまり関心がなさそう。自分で調べたら、リストになかったので安堵した。その後、筑摩書房、河出書房新社、からも連絡があった。あとでわかったのだが、これら各社はデジタル化された14冊の出版社で、自社から出版したものについてはお手伝いいたしましょう、ということらしい。デジタル化された作品はないが親切に対応してくれたダイヤモンド社、小学館、NHK出版のようなところもある。ジャストシステム(出版事業撤退)、リブロポート(倒産)からの二冊もデジタル化済みだった。また1番多く5冊出版しているH凡社からはまだ連絡がない。ひとかたならぬお世話になったH凡社さん、どうしましょうか。

そして遂に文芸家協会から統一見解が示され、所属会員の手続きを一括代行してもらえることになった。この問題は日本人には理解が難しいので、著作権問題担当委員にいろいろ説明していただいてありがたかった。

それにしても、オークションやっていたおかげで、今回の問題が多少理解しやすかったとは、何が幸いするかわからない世の中になったものであります。

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最近、オークション話をまったくしていなかったけれど、去年暮れあたりからドルやユーロが一気に安くなったので、今が買いのチャンスと見て、またオークションを再開した。

去年末の分は、『HH+』というホビー雑誌に、アメリカでのピンナップ原画オークション実況話として載せております。その時点では、まだ、アメリカ人もサブプライム不況の影響をそれほど感じていなかったせいか、みんな盛大に入札するので、ぼくは一点も落とせなかった。しかし、今年にはいって一週間ほど前に同じヘリテージ・コミックの「イラストレーション原画オークション」に参加したところ、なんと、ほとんど労せずして二点も勝ってしまった!

たぶん、まだ日本で開かれたことのないピンナップアート原画展の開催とカタログづくりとを、隠居仕事に選んだアラマタは、日本の進駐軍時代に盛んに描かれた日本製ピンナップを含めて、なんとかコレクションを形にし、展覧会開催を目論んでいる。最近は、サザビーズやクリスティーズも、ピンナップ・ポスターを出品する可能性がでてきたため、この大手二社もサインインしてライブ入札をネットから行う手続きを進めている。最近はほんとうに時代がかわり、サザ・クリのような大会社でもネットで落札できるようになった。

で、この円高を活用しようと思い、前記のヘリテージに挑戦したわけだが、前回深夜にライブ入札を行い、ネットを介してフロアーの入札者とバトルした。「早くビッドしないと、締め切ります」などという会場の声が文字で出てくるので、ほんとに緊張するのだ。こいつは心臓に悪いと気づき、今回は不在入札して結果を待った。そしたら、たいしたこともない額で入札したにもかかわらず、写真に示した原画二点を落札できた。ピーター・ドライベンとヴィクター・チェチェットは、ともに第二次世界大戦時の人気ピンナップ・アーティストだ。両人の原画は、アラマタとしても初めての入手。うれしさ倍増です。一点だけ競り負けたのは、ハリウッド女優のピンナップ画家として鳴らしたアール・モランによる、マリリン・モンローをモデルにした愛らしい作品で、さすがに人気が集中した。こんな高値ではとても手が出ない。モランには、ノーマ・ジーン時代の若いモンローをモデルにした作品がたくさんあるから、次の機会を待とうとしましょう。ビッダーの心得は深追いしないこと。参考までに、モランの作品も写真を載せておきます。

それにしても、やっぱり、オークションの世界でもアメリカの不況が利いてきている。アメリカ人のライバルたちも落札できなくなってきたようだ。次回の「イラストレーション原画オークション」は、七月。一年に三回もオークションが開かれるというのは異例だが、きっと十分なコミッションが取れないのだろう。でも、七月になる頃は、もっと不況の影響が出ていると考えられるので、世界経済にはあまり関係なく粛々とがんばっているわれわれに、追い風となりそうだ。老後の楽しみが多すぎて、忙しいけど・・・


写真説明
表紙  モランのノーマ・ジーン
写真1 チェチェット
写真2 ドライベン

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今回は、ダイビングのお話。ちょっと長いですがおつきあいください。
ボラボラ島とマルケサス諸島で、ダイビングを試みることができた。さいわい、飛鳥には、水中カメラマンでもある船舶写真の大御所、中村庸夫さんが乗り合わせたので、めったなことでは行けない絶海の果ての島、マルケサス諸島のヌクヒバで、ダイビングしようということになった。

体慣らしを兼ねて、まず、タヒチ島のとなりにあるボラボラ島で潜ることにした。ここの「ボラ・ダイビングセンター」というショップに、日本人女性のナカムラヒロコさんという著名ガイドがいる。彼女にガイドをお願いした。ボラボラはサメ目当てのダイビングが主流というところを、「サメは要らないからマクロ系の小さな魚を見せて」と無理を通してもらい、ヨーロッパ人のお客三人と一緒にボートに乗り込んだ。さすがはボラボラ。まだラグーンの中なのに、すぐにイルカの群れに囲まれ、一緒に水面を走った。

一本目は、ボラボラの王様の専用だった聖なる島がある近く、その名も「タプー」というスポットで潜水。外人さんたちは、大きなレモンシャークがうろうろ泳いでる方へ行ってしまったが、アラマタはサンゴの林を探索。黄色いレモンピールと真っ赤なフレームエンゼルという美魚がたくさんいた。しかし、すぐに穴に隠れこむので、撮影は困難。その先へ行くと、スダレチョウチョウウオとオヤビッチャの大群に囲まれてしまい、先も見えなくなった。まるで水族館の水槽内に飛び込んだような、妙に人ズレした魚たちを掻き分けながら前進し、稚魚や幼魚をさがした。昔、三浦半島の佐島の磯で、踏み潰せるほどたくさんのベラやスズメダイを掻き分けながら磯採集したことを思いだす。ひさしぶりに魚の固まりを楽しんだ。ここでしか見られないスズメダイ、ベニゴンベの赤ちゃん、なども観察できた。

二本目は浅場で、ここの魚も数が多いせいか、人を恐れない。ベニオチョウチョウウオのカップルに遭遇できたので、写真を撮った。そうしたら、レモンピールに擬態するクログチニザという魚にも出会えた。そのそっくりさん振りを撮影することにも成功。海に潜る体感も取り戻せたところで、いよいよ荒波の向こうなるマルケサス諸島をめざした。

船で二日の旅を経て、とうとうマルケサス諸島の主島ヌクヒバに着いた。ここは、キャプテン・クックに率いられて到着した船乗りたちが自分のからだに彫ってイギリスに持ちかえったという、きわめて豪華な彫り物〔刺青〕の習慣で有名な島である。とにかく、服を着ているかと錯覚するほどすごい彫り物をしているのだ。島で唯一のダイビング・ショップのオーナーは、ザビエルさん。もちろん、刺青をしているので、ポーズをとってもらい、撮影した。このおじさん、フランス人だが、島に居ついてしまい、ダイビングショップと土産物やを港のまん前で経営している。中村カメラマンが先乗りしているはずなので、探したが、ショップにはいない。ザビエルに聞くと、沖に停泊した飛鳥にちょっと用事ができて、戻ったとのこと。しかし、待てど暮らせど戻ってこない。40分待って、ようやく中村さんがご帰還。こんなに元気のない中村さんは、初めて見た。ザビエルに聞くと、昨日は大時化のなかをボートで出て、水深60メートルのところを潜ったとのこと。ものすごい潮流のなか、ここにしかいない「マルケサン・バタフライ」というチョウチョウウオ固有種を撮影することに成功した。それで下痢して、ダウンとなったらしい。朝になっても腹下しで苦しく、飛鳥に戻って点滴を受けたのだった。

とにかく、一生でただ一度のマルケサス・ダイビングだ。サメも大波も関係ない。下痢でダランとする中村さんを急かせて、すぐにボートを出したが、沖のほうはものすごい波。
なんとか潜水できそうな断崖の下をみつけて、一本目の潜水に挑戦。同行したわがマネージャー兼妻は、飛び込んだ後、恐ろしくなってすぐに船に戻った。ぼくも海面で酔いそうになったが、ここで逃げたら一生の不覚。死を覚悟して、海面で悪戦苦闘、やっと体が沈みかけ、水深十メートルまで潜れたときには、空気がすでに半分なくなっていた。しかし、海中はハナダイダマシ、固有種の美しいハナゴイ、レモンピールなどの大群だ。このマルケサスでしか見られない固有種を少しでもたくさん見たい。まずは、黒い縞がなく全身真っ赤なフレームエンゼルの地域亜種を探す。

ところが目の前に、いちばん見たかった「一瞬のうちに色を変えることができるベラの固有種」が出現。これがまたおもしろく、まるで歌舞伎俳優みたいに背びれを立てて、すり足でまっすぐに進んでいく。ふだんはオレンジ色の縞がある緑色の体だが、興奮すると輝くようなブルーに変化する。フラッシュライトみたいに一瞬の変色をするのかと考えていたが、実際に見ると、青い色になったものはかなり長いことそのまま光り輝いて、鰭を目いっぱい広げた歌舞伎役者みたいな泳ぎ方をつづけるのだ。しかし、スピードが早いので、写真がうまくとれない。おまけに濁りがあって、写真は雪が降ったような絵になってしまう。あとで中村さんに聞いたら、ストロボをなるべくカメラから離せば解決する、と教えられたが、後の祭り。ただ右往左往しながら、一本目終了。ボートで先に休んでいたマネージャー兼妻が興奮している。海面直下をマンタが泳ぎまわり、なんと背面宙返りまで見せてくれたという。ぼくも海面を見ていたら、小さいマンタが三尾、並んで泳いでいくのを目撃。とんでもない海域である!

二本目もおなじところで再チャレンジ。ゲリの中村さんは水中で撮影しているときはサメのように元気なので、おどろいた。ボートでは死んでいたのに。よせばいいのに、ザビエルがさばいた「マグロの刺身」まで食べている。

ぼくはなんとか、問題のベラを撮影しようと努力したが、いい写真はついに取れなかった。しかし、マネージャー兼妻は、子どものレモンピールや、まだほとんど写真が存在しないという黒い色をしたヒバシヨウジウオがウツボの鰓まわりを掃除しているシーンを、ピンボケながら激写することに成功!もう、出てくる魚がほとんどすべてここにしかいないという珍魚だらけの海の冒険は、あっけなく終了となった。

かえりは、もはや大嵐状態。波に揺れる飛鳥の横をすり抜けるようにして港に帰りついた。船上では、ろくに食べものも口にはいらなかったので、腹ペコだ。ザビエルが大きなポメロという柑橘の一種をくれた。これがものすごくうまかった。

ともあれ、日本人がまだあまり目撃したことのないマルケサスの魚を堪能した。ついでに、ぼくは船内でマルケサスの刺青男について講演したが、一緒に乗船されていた「南太平洋考古学のドン」篠遠喜彦先生も刺青男の図版に興味を示してくださった。そのとき使用した図は、1803年に世界一周探検航海を敢行したロシアのクルーゼンシュテルンの記録だった。世界で一番美しいとされた刺青男の図は有名だが、ほかに、同乗した博物学者ランゲスドルフが描いた鬼気迫る絵がある。一枚は、角のように巻き上げたヘアスタイルの男性。もう一枚は、ほんとうに「鬼」かと思うような、いいようのない妖気を漂わせる男性。後者は、名前もわかっている。ジョウゼフと名乗ったが、じつはフランス人で、マルケサスの人ではない!本名ジャン・カブリといい、このナジェージダ号に同乗して故郷フランスに戻り、パリで見世物小屋を開き、「南海の刺青男」として自分自身を見世物にした。

さらにおどろくべきことに、マルケサスに寄港したこの船には、石巻の漂流民であった日本人四人が乗っていた。かれらは、日本人で最初に世界一周した人たちなのだ。マルケサスで刺青男を目撃したとき、かれらは「ここは鬼ヶ島だ」と信じ、だれも下船しなかったという。ちなみに、この驚くべきマルケサスの刺青男は江戸時代に日本にも住んでいた。ペリーが浦賀にはいる直前に寄港した小笠原の父島での話だ。ペリーが上陸すると、マルケサスの刺青男「ジャッジ」が、とつぜん出てきたのだ。彼は一行を道案内したが、あまりに衝撃的だったので、ペリーの報告に絵入りで刺青男が紹介されている。
とにかく、マルケサス初上陸は興奮だらけの体験であった。

写真説明 
表紙  マルケサスの刺青男 鬼と間違えられた。
1. ボラダイビングセンターのヒロコさん
2. ベニオチョウ
3. クログチニザ(左)はレモンピール(右)の擬態
4. ダイブマスター ザビエルさんのみごとな刺青
5. マルケサス ヌクヒバ港 町はほぼこれで全部
6. 刺身を食べる中村さん

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